アスイク 代表のブログ

こどもの貧困問題、NPOの経営、生き方在り方などについて。

「働く」ことについての本当に大切なこと

ブログの更新が久しぶりになりすぎて、長いこと足が遠ざかっていたサークルに顔を出すような、気恥ずかしい気持ちです。

 

保育園も無事に開園し、

開園式を開催しました! - 仙台駅東口の夜間保育 「アスイク保育園」のブログ

別の新規事業もスムーズにスタート。

2018年度の決算や報告書関係もあらかた片づき、気持ちよくGWに。

と思ったら、気が抜けたのか、風邪から副鼻腔炎のコンボ。

すっかり療養モードのGWとなってしまいました。。。

 

ここ数ヶ月は本を読む気にもならないほど落ち着きがなかったわけですが、療養モードも相まって、ようやく湧き上がってきた読書欲。

 

前から気になっていた本を、ついにゲットしました。

 

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なぜ気になっていたかというと、第一にリクルート時代の上司が書いた本だから。

著者の古野さんは、アスイク保育園を開園するときのクラウドファンディングに協力してくださったり、ぼんやりと観ていた「歴史秘話ヒストリア」にいきなり登場したりと、(失礼な表現ですが)最近よく現れる存在でした。ついにはアマゾンのおすすめにも現れて、これは運命だなと感じた次第。

もう一つの理由は、これからの時代にどう生きるか、どう働くか、あるいは働くということをどう扱うべきかというテーマは、自分にとって大きな関心ごとだったからです。

AIが普及して今ある仕事がなくなっていくこと。

社会保障費がひっ迫する中で「定年」という概念がなくなり、体が動くうちは働かなければならなくなること。

万が一にもベーシックインカムが導入されれば、労働と所得が切り離される時代が来るかもしれないこと。

僕たちの親世代が経験してきた生き方、働き方と、僕たちや子どもたちの世代が経験するそれは、間違いなく違うカタチになるでしょう。

それは一体どういうカタチなのか。

曲がりなりにも子どもや若者の自立を支える仕事をしている者として、そして自分自身の生き方に悩みつづける一人の当事者として、探求していきたいと感じていました。

 

ネタバレにはならないと思いますが、この本は「答え」は教えてくれません。

ここに書かれているのは、どう社会が変化しようとも変わることのない人間の「あり方」、「幸せに働く方法」かもしれません。

 

苦労して目指していたものにたどり着いたとき、実は自分が求めていたものはそこにはなかった、ということは少なくないだろうと思います。そこで大事になるのは、そこに至る過程そのものを楽しむこと。いつしか生き残ることが目的になってしまい、生き残った時に心は死んでいたということにならないために必要な考え方です。

 

人は何かを得ることによって、それが当たり前になり、さらに多くのものを手に入れたくなり、無間地獄にはまっていくことも、人間の姿でしょう。今あるものや自分を生かしてくれているものに感謝することが、このループから抜け出すための行動だという指摘は、「足るを知る」などの先人の言葉が、実は深い人間理解から生まれたものだと気づかせてくれます。

 

幸せに働くために必要なのは、仕事が居場所になっていること。居場所とは、「役割がある」、「受け入れられている」、「安心を感じる」、「ありのままの自分でいられる」といった要素が満たされている場所。そういった居場所を見つけるには、受動的なだけではダメで、仕事や環境を自分に合うように働きかけたり、能力を高めつづける必要もあること。いわば、自分と社会の相互作用によって、居場所は見つかっていく。

 

これらの他にも、幸せに働くために考えるべきことが、古今東西の研究やエピソードを交えながら豊富に散りばめられています。

 

少し自分たちの仕事を顧みると、子どもの貧困問題とは、現代社会で幸せに働くことからより排除されやすい子どもたちの問題であるとみることもできます。

一方で、支援者を自認する人たちや社会の視座は、学力を高めたり、進学率を高めたり、就職率を高めることに偏りがちな危うさをはらんでいると感じることもあります。いま目の前の子どもたちの状況や主訴に寄り添ったとき、そういった視座は必ずしも間違ったものとは言えませんし、軽視してよいものでもありません。本書を読むような基礎的能力や余力すらないまま、大人になっていく子どもたちも大勢います。

しかし、本来子どもたちの自立を支える(あるいは幸せを感じられる生き方を後押しする)ためには、本書に散りばめられているような普遍性の高い「あり方」、「生き方」を社会が理解し、体現し、子どもたちにも伝えていかなければならないはずです。

 

最後に雑感ですが、ありのままの自分を受け入れるとか、コントロールできないものを手放すだとか、執着を手放す(足るを知る的発想)とか、仏教的思想が根底にあるような印象を受けました。もともと仏教も幸せに生きる(苦しみから解放される)ことを追求した宗教だから通じるものがあって当然なわけですが、これからの生き方や働き方を考えるにあたって、宗教的なエッセンスはますます見直されていくのだと思います。