アスイク 代表のブログ

こどもの貧困問題、NPOの経営、生き方在り方などについて。

2020年、新たな挑戦。

本年もたくさんの方にお力添えいただきました。

改めてお礼申し上げます。

 

今年のプライベートなトピックは、人生初の胃カメラです。

異常はなく一安心でしたが、あんな苦痛は二度とご免こうむります。

アラフォーになると体のあちこちにメンテが必要になって、

人生のステージが変わったんだなぁとしみじみ感じます。

 

といいながら、毎年年末はやり残した仕事と、新年度の準備で仕事を納める間もなく、いつの間にか新年を迎えています。

まずは報告書関係からを片付けてしまおうと、法人のブログをチェックしたところ、あちらこちらでいじられていることに気づきました(笑)。

asuiku.org

asuikuhoikuen.hatenablog.com

代表がいじられているのは、たぶん平和の証です。

スタッフの皆さん、いじってくれてありがとうございます。

 

さて、ここからが本題です。 

4月から仙台市荒井児童館を運営します。

アスイクは、2020年4月に開館する荒井児童館の指定管理者となりました。

仙台市では、5年ぶりの新設館です。

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今回荒井児童館の運営に手をあげた理由は、「子どもたちを、社会で育み、地域で見守る」という私たちのビジョンに向けて一歩前に進むため。

これまで中高生とかかわる事業が中心でしたが、さまざまな問題が深刻に、複雑になってしまった後にかかわることも少なくありません。

本来目指すべきは、幼少期から切れ目なく子どもと保護者と関わり、困りごとを抱えにくい社会をつくっていくことです。

そのために今年から保育事業もはじめていますが、小学校年代の子どもたちと関わる事業は手薄でした。

そんなときに新しい児童館が立ち上がると知り、これはチャレンジするしかないと思いました。

仙台市の児童館は、放課後児童クラブ(学童保育)も実施されていて、主に小学生の子どもたちと日々関わることができます。

さらに児童館は、一つの小学校区に根を張って0歳~18歳の子どもと保護者を継続的に支えることができますし、これまでのある程度広い範囲を対象とした事業とは違ったアプローチができる可能性があります。

 

実は荒井児童館の運営に手をあげた理由は、もう一つあります。

下の写真は、2011年の東日本大震災後に私たちが学習サポートを行なっていた荒井小学校用地仮設住宅。 

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写真では見る影もありませんが、この仮設住宅がたっていた場所にできるのが、荒井小学校と荒井児童館です。 

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アスイクの原点ともいえるこの場所に、新しい児童館が建つ。

まさに運命だと感じました。

しかも、来年はちょうど震災10年目の節目。

震災後の新しい地域づくりにチャレンジしたいと奮い立ちました。

 

アスイクが児童館の運営を通して、目指すこと。

<企業や市民講師と協働した、好きなことを見つけるキッカケづくり>

子どもたちがこれからの時代を幸せに生きるためのキーワードは、「自己肯定できる人生」だと思います。

大きな経済成長は見込めず、AIなどの技術によって仕事も働き方も変わっていく。さらに、人生100年時代に象徴されるように寿命は長くなり、年金だけで生活することも難しくなる中、体が動くうちは働きつづけなければならなくなる。

先が見えない、正解がない。そんな時代に幸せに生きるために必要なのは、結果ではなく、過程(その瞬間瞬間)を楽しめるようになること、自分の人生を収入・ステータスなど外的な評価に依存するのではなく、自分自身が心から肯定できることだと思います。

そういった人生を送るためには、何よりも自分が本当に好きなこと、活きることを、感覚的に知っている必要があります。スマホ一つでたいていの情報が得られる時代だからこそ、あえて体感することが大事です。

だからこそ、私たちが運営する児童館・児童クラブでは、子どもたちが自分を知るためのキッカケをたくさん作っていきます。

・メーカーの協力を得た、最新技術をつかったプログラミング教室
・地元企業と連携した、商品企画を体験できるワークショップ
・自然学校と連携した、自然と共生する意識をはぐくむキャンプ
・留学生と協働した、海外の文化を学ぶ交流パーティー
・子どもたちが地域の問題を探し、解決していく活動 etc.

地域の市民先生、県内外の企業がもっているリソース(資源)を貸していただきたいと考えています。

なお、今回の児童館運営にあたっては、市民先生や企業を巻き込む豊富なノウハウ・ネットワークをもっているNPO法人放課後NPOアフタースクールさんの協力も得ていく予定です。

npoafterschool.org

 

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(放課後NPOアフタースクールと連携して実施した起業体験プログラムの様子)

 
<子どもたちと保護者を見守る地域づくり>

もう一つ私たちがチカラを入れていきたいのは、子どもたちと保護者を見守る地域づくりです。

現代の家族が抱えている悩みや問題は、ほとんどの場合外からは見えません。誰かが困っている子どもや保護者に気づき、時に専門的な機関につながることを後押しする。そういった地域のつながりをつくっていくことが、子どもや家庭が抱える問題を深刻化させないために必要です。

その点において、荒井児童館ができる地域は、これからが大事な時期だと考えられます。

下のチャートは、震災前の平成22年と平成29年を比較した人口増加率です。青色が荒井小学校区、オレンジが仙台市全域になります。

一番左をご覧いただくと分かる通り、仙台市全域と比べて、荒井小学校区の人口増加率が高いことがわかります。背景にあるのは、地下鉄東西線の開通による宅地開発、震災による災害公営住宅の建設。震災以前からの住民、宅地開発に居住した住民、そして被災した住民が混在しているのが、この地域の特徴です。

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バックグラウンドが異なる住民同士が子どもが集う児童館を通して知り合い、地域の子どもを支えていくために連携することが、孤立してしまう子どもや保護者を少なくするための道だと思います。

台風の被災地でも、高台となる建物がない地区の区長が、隣の地区のマンションを避難場所として設定できたために、被害が少なかったというニュースを見ました。地域の祭りを通して住民同士が知り合ったことが、そういった連携につながったそうです。子どもの見守りにおいても、同じようなことが当てはまるはずです。

 

児童館の立ち上げメンバーを募集しています!

アスイクでは、荒井児童館の立ち上げメンバーとして、ここで書いたことをともに実現してくださる方を募集しています。

新設館ということもあり、多くの方から応募をいただいておりますので、ご関心がある方はぜひ早めにお問合せください。kantan-kyujin.com

丸森で、ボランティアしよう!

ずっと心に引っかかっていたものが取れたような気分です。

宮城県社会福祉協議会が企画したボランティアバスに乗って、宮城県南端の丸森町へ。

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仙台駅から1時間ちょっと。到着したのは、金山地区のボラセンサテライト。

おや、どこかで見た顔がいるぞと思ったら、丸森町でYomoyama Companyというまちづくり団体を運営しているもえみさんが。

Yomoyama Companyは丸森町のボラセンを立ち上げ、手弁当で運営しているそうです。この記事の最後にYomoyama Companyの寄付先を記載しますので、自分たちの生活を後回しにして災害発生から3週間も駆け回っている20代の彼女たちも支えてください。

余談ですが、新聞記者から取材をうけたら、なんと数年前にアスイクを取材した記者だったという偶然も。

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バスから活動地へ向かう途中には、台風の爪痕が。

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金山小学校は、使えなくなった大量の家財の置き場になっていました。

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7人のチームをつくって、ボランティアの現場へ。

家屋の撮影はNGなので、遠目から現地の様子を撮影しました。

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私たちのチームが担当したのは、畑の泥かきと泥で汚れた家屋の掃除。

成人男性7人が半日かけて、ようやく畑の泥をかきだせるくらい、大変な作業でした。

泥は酸性のため、そのままでは作物が育てられないのだそう。

乾くと固くなってしまい、ますます掻き出すのが大変になってしまうとのこと。

また、土ぼこりが飛んだり、虫が湧いたり、衛生上も問題が発生します。

震災からの復旧のために、泥かきの重要さを改めて感じました。

 

10時から15時までの作業。日頃鍛えている自分でも、終わるころには腕や腰に力が入らなくなってしまいます。こんな重労働を3週間近く毎日やっている家主の方や80過ぎのおばあさんの辛さを思うとやるせない気持ちになりますし、もっと多くのボランティアが少しずつ手伝ってくれたら、とも思います。

それから、見ず知らずの7人が協力しあい、わずか5時間後には一体感、仲間意識がめばえるのも、こういったボランティアの醍醐味ですね。本当に気持ちの良い方ばかりで、お互いのことをほとんど知らないのに信頼を寄せられるのは、普段の生活ではなかなか経験できない感覚です。

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丸森町のボランティアニーズは、年内いっぱいは続くかもしれないそうです。

ぜひ丸森町やボランティアの不足に悩んでいる被災地に足を運びましょう!

headlines.yahoo.co.jp

 

<Yomoyama Companyへのご寄付のお願い>


私たち一般社団法人YOMOYAMA COMPANYでは、「すべての人が生きたい未来を自由に思い描き、語り合い、自らの手でつくり出せる社会」というビジョンを掲げ、2017年4月より丸森町角田市を主として、宮城県南地域の人材育成事業を行なっておりました。

台風19号被害に伴い、2019年10月15日より災害支援の活動をはじめ、「丸森町災害ボランティアセンター」を、社会福祉協議会丸森町役場との三者連携により設立致しました。

現在はボランティアセンターの運営サポートや支援のコーディネート業務等の活動を、全てボランティアで行なっております。

長くかかる丸森町の復興に向けて、被災支援コーディネートの活動や、今後の復旧・復興に向けた支援活動を地元団体として継続的に実施するため、皆様からのご寄付を募っております。 

下記口座にて寄付金を受け付けておりますので、趣旨にご賛同いただける方のご協力をお待ちしております。みなさんから頂いたご寄付は、現場の支援活動に役立てさせていただきます。
※先日の呼びかけに関して多くの方々よりご寄付をいただきました。
この場をお借りして、感謝申し上げます。


●寄付の金額  一口 1,000円〜
●振込先   七十七銀行 丸森支店(806)       
普通 5006110       
一般社団法人YOMOYAMA COMPANY

夏休みの3つの不安

仙台市内の小中学校のほとんどでは、今日から夏休みがはじまる。

 

私たちがつながっている子どもたちに関していえば、心配ごとの増える時期でもある。

 

・やせていく心配

 

・居場所を求めてさまよう心配

 

・夏休みの思い出をつくることができない心配

 

それぞれについて考えてみよう。

 

・やせていく心配

 

これは、関係者の間では、よく話題にあがることである。しかし、それ以外の人たちからすれば、ほんとうにそんなことがあるのか、話を盛っているのではないか、といぶかしがる場合もあるかもしれない。

 

子どもたちの一部がやせる理由は、学校給食がなくなることが大きい。ただし、どれくらいの子どもの体重が減るのか、その理由は本当に給食がないことなのか、明確なエビデンスがあるのかは私の勉強不足ゆえに断言できない。それでも、現場の支援者たちの「実感値」、あるいは困窮を経験した当時者の「経験談」としては現実に起きていることである。

 

もう少し踏み込んで、なぜ学校給食がなくなるとやせる子どもが増えるのか。それは、所得は増えないのに食費が増えるからである。夏休みで給食がなくなろうが、生活保護費や児童扶養手当などの現金給付は増えない。その分はいまの所得内でやりくりしなければならない。やりくりできない家庭は、それが子どもの食事の制限となり、やせるという現象として現れる。

 

・居場所を求めてさまよう心配

 

これも関係者では、「あるある」の不安だ。私が理事をつとめる全国子どもの貧困・教育支援団体協議会が開催した先日の合宿でも、グループディスカッションのテーマとなった。

 

親子の関係がこじれている家庭では、家の中で親子がともに過ごす時間が長くなることによって、双方のストレスも増える。その結果、子どもたちが居場所を求めて家出をする状況を見聞きする(中には子どもではなく、親が出ていってしまうケースもある)。

 

家出をした子どもたちは、どこに行くのだろう。仲の良い友人がいる場合は、その友人宅に入り浸ることもある。そういった友人や頼れる人がいない場合は? 2017年にSNSでつながった9人が殺害された事件が座間市で起きたが、身近なところでもSNSで知り合った異性の元に行ってしまうケースは決して珍しくない。特に人とのかかわりに苦手意識をもつ子どもたちが増えているなか、群れるよりも水面下でこういった行動をとることが多くなっていると感じる。

 

・夏休みの思い出をつくることができない心配

 

「子どもの頃の夏休みの思い出は」と聞かれたら、何を思い浮かべるだろう。

子どもの自分が、夏休みの間中、どこにも連れていってもらえなかったら、どんな気持ちだろう。

 

時給制の仕事をかけ持ちして働かざるを得ないひとり親。重い精神疾患で家に閉じこもっている親。親戚や地域社会からの孤立。さまざまな理由で、どこにも行く予定のない子どもがいる。

 

思い出がないことの問題はなんだろうか。もちろん、どこかに遠出したり、旅行することだけが思い出ではない。しかし、子どもたちの思い出話の多くは、どこそこに行った、という話が多いのではないだろうか。夏休み明けに、そんな「語り合う話」がない子どもはどんな気持ちだろうか。

 

 

ここで取り上げた3つの不安について、私たちができることは何だろう。

 

やせる問題についてまず思いつくのは、こども食堂である。最近は長期休暇の期間に開催するこども食堂も増えていると聞く。一年中開催するのは難しくても、長期休暇の間であれば頑張れる人たちも少なくないかもしれない。

また、食べられるが販売できない食品や、家庭で使わない食品を寄付で募り、施設や家庭に提供するフードバンクやフードドライブといった活動に協力するのも一つだろう。もっとも、全国のフードバンク・ドライブは、人手や運営資金の不足で、個別の家庭に食事を届けきれていない現状にも目を向けてほしい。

 

行き場所を失う子どもたちについては、親子の関係、その背景にある生活の余裕のなさが根底にあるため、そしてSNSなどの見えにくい場所で起きることであるため、対応が難しい問題である。

理想論的な話になってしまうが、どの子どもも家庭以外に1つ以上の居場所を持てるような社会をつくっていくことが必要だろう。それは、宿泊できるような居場所である必要はない。積もり積もった感情を表に出し、誰かに受けとめてもらえる場所・関係があることが大事だと思う。

 

夏休みの思い出づくりも、上と共通する部分が多い。そういった意味では、日常的に開かれている居場所だけでなく、休みの期間だけ開催されるようなイベント型の居場所も効果的だと考えられる。通常の居場所活動には参加しないが、イベントにはひょこっと顔を出す子どもがいるという話も耳にする。

私たちの団体では、ホールアース自然学校さんに協力いただき、福島の裏磐梯に毎年キャンプへ行っている。今年は去年よりも10名定員を増やしたが、30人の定員に対して60人が申し込み、半数も抽選で落とさなければならなくなってしまったことが悔やまれる。

 

 

最後に、実はここであげた3つの不安を、日常的に抱えている子どもたちがいる。

それは、不登校の子どもたちである。

 

給食のない毎日。

家にずっといて、親と日常的に言い争う毎日。

思い出のない毎日。

 

ほぼ毎日学校に行っていない子どもたちにとっては、夏休みの不安が日常である。

不登校の子どもたちがすべてそういった状態にあるわけではないが、全国的に不登校の子どもは増えつづけており、14万人以上(仙台市内の小中学生だけで1,600人以上)という現実に目を向けなければならない。

 

 

NPO法人アスイクでは、子どもたちの居場所の一つとして、多賀城こども食堂を運営しています。この活動を継続するために、夏の寄付キャンペーンを実施しております。ぜひお知り合いへのシェアなど、ご協力いただければ幸いです。

(詳細は下記のリンクからご確認ください)

japangiving.jp

大津事件から考える、一次予防と二次予防

大津市で園児14人がケガをし、2人が亡くなるという痛ましい事故があった。

 

レイモンド淡海保育園の運営法人は、当日中に記者会見を開催。

号泣する園長に対して、責めるような質問をしたマスコミへの批判が起きた。

 

この点については、京都新聞が事実確認、再発防止の喚起などを行なうためには

必要な質問であり、必ずしも不適切とはいえないとのコメントを発表。

情報の「切り取り」と「誤解」を批判されやすいメディア自身が、

限られた情報で曲解を防ぐことの難しさを考えさせられた事件であったかもしれない。

 

保育園をはじめ、子どもたちと関わる事業を行なっている私たちも、

今回の事故は他人事ではない。

 

大津の事故だけでなく、渋谷の児童養護施設で施設長が元入所者によって刺殺された事件、

長期休み明けに頻発する子どもたちの自殺など、児童福祉・教育の分野で起きた事件・

事故の報道は増加をたどっている印象を受ける。

 

安全管理を徹底することは当然のことながら、万が一事件・事故が起きてしまった場合に、

初動をどうするべきか。

 

前述の通り、大津事故での記者会見は早かった。

これについては、メディアスクラム(メディアによる職員、保護者などの関係者に

対する過熱取材)を予防するための手であったという見方がある。

 

確かに、もし早急に記者会見を開かなければ、その場で起こったような光景が、

イチ職員、イチ保護者とメディアの間で繰り広げられていた可能性は十分あるだろう。

 

それによって、精神的に過剰な負荷を感じる職員や保護者が生まれ、

情報の錯そうと混乱、さらなる過剰取材というサイクルが起きたかもしれない。

 

情報、窓口を一元集約して、スピーディに対応した同法人の対応は賢明ではなかったか。

そして、迅速な対応を可能としたのは、言うまでもなく「日頃の万が一への備え」だろう。

 

サービスの利用者とスタッフを守るためには、事件・事故の一次被害を防ぐと同時に、

二次被害を予防するという視点も持たなければならない。

「働く」ことについての本当に大切なこと

ブログの更新が久しぶりになりすぎて、長いこと足が遠ざかっていたサークルに顔を出すような、気恥ずかしい気持ちです。

 

保育園も無事に開園し、

開園式を開催しました! - 仙台駅東口の夜間保育 「アスイク保育園」のブログ

別の新規事業もスムーズにスタート。

2018年度の決算や報告書関係もあらかた片づき、気持ちよくGWに。

と思ったら、気が抜けたのか、風邪から副鼻腔炎のコンボ。

すっかり療養モードのGWとなってしまいました。。。

 

ここ数ヶ月は本を読む気にもならないほど落ち着きがなかったわけですが、療養モードも相まって、ようやく湧き上がってきた読書欲。

 

前から気になっていた本を、ついにゲットしました。

 

www.amazon.co.jp

 

なぜ気になっていたかというと、第一にリクルート時代の上司が書いた本だから。

著者の古野さんは、アスイク保育園を開園するときのクラウドファンディングに協力してくださったり、ぼんやりと観ていた「歴史秘話ヒストリア」にいきなり登場したりと、(失礼な表現ですが)最近よく現れる存在でした。ついにはアマゾンのおすすめにも現れて、これは運命だなと感じた次第。

もう一つの理由は、これからの時代にどう生きるか、どう働くか、あるいは働くということをどう扱うべきかというテーマは、自分にとって大きな関心ごとだったからです。

AIが普及して今ある仕事がなくなっていくこと。

社会保障費がひっ迫する中で「定年」という概念がなくなり、体が動くうちは働かなければならなくなること。

万が一にもベーシックインカムが導入されれば、労働と所得が切り離される時代が来るかもしれないこと。

僕たちの親世代が経験してきた生き方、働き方と、僕たちや子どもたちの世代が経験するそれは、間違いなく違うカタチになるでしょう。

それは一体どういうカタチなのか。

曲がりなりにも子どもや若者の自立を支える仕事をしている者として、そして自分自身の生き方に悩みつづける一人の当事者として、探求していきたいと感じていました。

 

ネタバレにはならないと思いますが、この本は「答え」は教えてくれません。

ここに書かれているのは、どう社会が変化しようとも変わることのない人間の「あり方」、「幸せに働く方法」かもしれません。

 

苦労して目指していたものにたどり着いたとき、実は自分が求めていたものはそこにはなかった、ということは少なくないだろうと思います。そこで大事になるのは、そこに至る過程そのものを楽しむこと。いつしか生き残ることが目的になってしまい、生き残った時に心は死んでいたということにならないために必要な考え方です。

 

人は何かを得ることによって、それが当たり前になり、さらに多くのものを手に入れたくなり、無間地獄にはまっていくことも、人間の姿でしょう。今あるものや自分を生かしてくれているものに感謝することが、このループから抜け出すための行動だという指摘は、「足るを知る」などの先人の言葉が、実は深い人間理解から生まれたものだと気づかせてくれます。

 

幸せに働くために必要なのは、仕事が居場所になっていること。居場所とは、「役割がある」、「受け入れられている」、「安心を感じる」、「ありのままの自分でいられる」といった要素が満たされている場所。そういった居場所を見つけるには、受動的なだけではダメで、仕事や環境を自分に合うように働きかけたり、能力を高めつづける必要もあること。いわば、自分と社会の相互作用によって、居場所は見つかっていく。

 

これらの他にも、幸せに働くために考えるべきことが、古今東西の研究やエピソードを交えながら豊富に散りばめられています。

 

少し自分たちの仕事を顧みると、子どもの貧困問題とは、現代社会で幸せに働くことからより排除されやすい子どもたちの問題であるとみることもできます。

一方で、支援者を自認する人たちや社会の視座は、学力を高めたり、進学率を高めたり、就職率を高めることに偏りがちな危うさをはらんでいると感じることもあります。いま目の前の子どもたちの状況や主訴に寄り添ったとき、そういった視座は必ずしも間違ったものとは言えませんし、軽視してよいものでもありません。本書を読むような基礎的能力や余力すらないまま、大人になっていく子どもたちも大勢います。

しかし、本来子どもたちの自立を支える(あるいは幸せを感じられる生き方を後押しする)ためには、本書に散りばめられているような普遍性の高い「あり方」、「生き方」を社会が理解し、体現し、子どもたちにも伝えていかなければならないはずです。

 

最後に雑感ですが、ありのままの自分を受け入れるとか、コントロールできないものを手放すだとか、執着を手放す(足るを知る的発想)とか、仏教的思想が根底にあるような印象を受けました。もともと仏教も幸せに生きる(苦しみから解放される)ことを追求した宗教だから通じるものがあって当然なわけですが、これからの生き方や働き方を考えるにあたって、宗教的なエッセンスはますます見直されていくのだと思います。

新規事業!こどもの貧困問題に貢献する保育園を立ち上げます。

年末の仕事に忙殺され、ブログの更新が久しぶりになってしまいました。

アスイクの活動に参加してくださっている皆さま、関心をもってくださっている皆さまへご報告です。

当団体では、新規事業として保育園の開園を行なうこととなりました。

オープンは2019年4月予定。急ピッチで準備を進めています。

本日からクラウドファンディングで開設資金の寄付募集も開始。

ぜひ、あなたのチカラをお貸しください。

camp-fire.jp

開設に至った経緯や、保育園のコンセプトは以下の記事をご確認いただけば嬉しいです。

 

▼被災者支援から、こどもの貧困問題へ。

はじめまして、NPO法人アスイクの代表の大橋です。

私たちは2011年3月の東日本大震災の直後に避難所の中で立ち上がり、子どもたちの学習支援を行なってきました。

避難所や仮設住宅で活動をつづける中で出会った、お母様が精神疾患がある母子世帯の子ども、多重債務があり地域を転々としてきたために学校にほとんど通っていない子ども。震災は、震災以前から存在していたこどもの貧困問題を浮き彫りにしていることに気づき、被災者支援からこども貧困問題へ舵を大きく切りました。

▼こどもだけでなく、家庭まるごと地域で支える。

もう一つの気づきは、子どもを支えるためには保護者も含めて家庭の困りごとをサポートしなければならないということ。就労、家計、健康、障がい、不適切養育、家族関係など、複雑にこんがらがった問題に対応するためには、地域の多様な機関とのネットワークが不可欠です。このような思想に基づいて、宮城県内の自治体やみやぎ生協などと協働し、学習支援、フリースクールこども食堂など、こどもと保護者を支える事業をつくってきました。


2018年現在、私たちが運営する居場所は37ヶ所。その居場所を利用するこどもは、600人以上。そのこどもと保護者を支えるスタッフは、有給スタッフ80名、ボランティア400名という規模に発展しています。




▼直面している「事業」の課題

さまざまな事業を展開する一方、これまでの事業の対象は中学生や高校生年代のこどもたちが中心でした。しかし中には、なぜもっと早く誰かがSOSに気づき、必要な支援につながってこなかったのかと、胸が苦しくなるこどももいます。

数年前、16歳の女の子が親戚につれられて相談にやってきました。その子は親に代わり幼い弟の面倒をみるために、高校には進学していませんでした。

「親との関係が悪くなり、家を出た。小さいこどもの面倒を見るのは好きなので、保育士になりたいけど、ほとんど学校に行ったこともなく、勉強はまったくわからない。自分ではどうしたらいいかわからない」

「小さい頃の記憶が飛んでいる。栄養失調で倒れて、病院で目を覚ました記憶がある。そのときの後遺症で、今も爪が生えない指がある。大人になって母子手帳をみたら、健診とか空白だらけだった」

それぞれに事情は異なれど、「なぜ、もっと小さい頃に誰かがSOSに気づけなかったのか」と、やるせない気持ちになるこどもたちが大勢います。

ヘックマンのデータを持ち出すまでもなく、さまざまなリスクを抱えたこどもと親を、幼少期から切れ目なく見守ることが大切です。そのために私たちは、より低年齢のこどもたちから関われる事業の必要性を感じていました。


▼直面している「組織」の課題

さまざまな困難を抱えるこどもや保護者を支えることができるのは、人でしかありません。特に、福祉の専門性をもったスタッフ、大勢のボランティアや現場のスタッフをコーディネートできるスタッフなどは、私たちの事業コンセプトの「核」です。

私たちの組織は、女性の比率が多く、30歳前後のスタッフが主力。また、こどもたちが居場所にやってくる時間に合わせて、21時過ぎまでのシフトが多い勤務体系という特徴もあります。

性別に関わらずですが、時間をかけてチカラをつけ、家庭や地域とのネットワークをひろげてきたスタッフが子育てをしながら働きつづけやすい環境をつくっていくことが、経営者の頭を悩ませる大きな経営課題でした。

 

▼保育園は、一石二鳥の解決策。

そんなモヤモヤした悩みを抱えているときに知ったのが、企業主導型保育という新しい制度でした。この制度では、企業が自社(や提携企業)の従業員むけの保育園をつくることができ、利用者や開園時間などをかなり自由に決めることができます。加えて、地域のこどもを受けいれることもできる。

まさに、私たちの事業と組織の課題を一石二鳥で解決できるのではないか。そう思った瞬間から、昼夜を忘れて制度の勉強と計画づくりに没頭しました。

▼現実の厳しさを思い知らされる。

次に動いたのは、物件探し。ちょうど事務所が入っているビルの上のフロアが空いていたので、「まさに運命」と私のテンションはさらに上昇しました。

私たちの事務所は仙台駅の目の前にあるので、オフィスビルだけでなく、アパレルや飲食店、コールセンターなどのシフト型で働く人もたくさんいるエリア。特にひとり親家庭など、夜まで子どもを預けられないことが失業や生活費の不足につながりやすい方々に利用していただくことで、こどもの貧困問題に大きく貢献できるはず。

設計士や内装会社と打ち合わせを重ね、カンタンな設計図もできた。オーナーからも快い返事をいただけた。順調順調と勢いづいていたある日、設計士からの電話。

「大橋さん、あの物件じゃ保育園はつくれないよ。ダメ」

耳を疑い、血の気が引きました。2階以上は2方向に避難用の階段がないと保育園として使えない。今となっては、そんな基本的なこともわかっていなかった自分を恥じますが、諦めきれず、建物の裏側にハシゴを作る方法はどうか、バルコニーに滑り台をつくるのはできないかなど、あれやこれやと駄々をこねました。とうぜん、結果は変わりません。

もう申請の〆切までに時間がない。気持ちを切りかえて、方々の不動産会社をあたりましたが、「そんな条件に合う物件はないですね」とつれない反応ばかり。それもそのはずで、所狭しとビルが立ち並ぶ仙台駅前で、2方向に階段を設けられるような物件はそうそうありません。あったとしても、小さいこどもが利用すること、トイレや調理設備をつくらなければならないことなどを敬遠されるオーナーがほとんど。

じゃあ、2方向階段が不要な1階の路面物件はというと、ご推察のとおり、人気で空きがなく、空いていても賃料が圧倒的な予算オーバー。家賃交渉で撃沈したことも数知れず。

割に合わないので、チカラをかけて対応してくれる不動産会社もほとんどいない。

もう自分の足で探すしかないと、時間さえあれば歩き回って穴場物件がないか探し回る日々がつづきました。

そんなある日、2階が空いている古いビルを発見。何度確認しても、ちゃんと階段が2つある。不動産会社を経由してオーナーに保育園の用途がOKか確認してもらったところ、OKの返事。家賃交渉も、なんと希望通りの回答。

この時点で申請の〆切りまで1ヶ月を切っており、ギリギリセーフの状態でした。設計士、内装会社と急ピッチで打ち合わせを重ねていったある日、設計士からの電話。

「大橋さん、あの物件じゃ保育園はつくれないよ。ダメ」

え。

呼吸が止まりました。図面を見ていてイヤな予感がした設計士が役所に確認したところ、予感的中で建築後に検査を受けていない違法物件だと判明したそうです。

付き合ってくれていた内装会社からも、さすがに降りさせてくれと連絡。泣き面に蜂。

これまで幾度となくカベにぶち当たり、その度に乗り越えてきました。しぶとさには自信があった私も、さすがに今回ばかりはムリかと諦めました。やらない方がいいという天の声なんだと自分に言い聞かせました。

▼幸運。

うつろな目でフラフラと歩いていると、ふと視界に入ったレトロな駄菓子屋。

あぁ、そういえばこんな近くに駄菓子屋があったな。と、通り過ぎてから、足が止まりました。

貸してくれないかな。いや、ふつうに営業してるのに何考えてんだ。でも、どうせダメなら最後にもう一回だけ悪あがきしてみよう。

何を思ったか、入り口近くでイスに座ってテレビをみている店主におそるおそる話しかけました。

「実は保育園をつくれる物件を探してまして、すごくいいところだなと思ったら思わず入ってしまいました」

店主の疑いのまなざしに、あぁ何やってんだと思いながら、つらつらと自分がやりたいことを話していると、しだいに打ち解けていき、そして思いもよらない言葉が。

「そうか。俺も、もう引退したいって考えてたんだ」

え。本当ですか。

「家賃はなんぼがいいの」

怒らないで聞いていただきたいのですが、、、○○万円で探してます。

「わかった」

え。ほ、本当ですか。

こんな小説みたいなことがあっていいの? 

と疑心暗鬼になりながらも、開園の申請作業が急ピッチで進められていったのでした。

 

▼アスイク保育園は、こんな園。

あれから5ヶ月。

こまごまとしたカベはたくさんありますが、2019年4月の開園に向けて、前に進んでいます。

アスイク保育園のご紹介は、できたてホヤホヤのウェブサイトをご覧いただければ嬉しいです。 

asuikuhoikuen.asuiku.org

▼資金の使い道

いただいたご寄付は、全額を保育園の運営に必要な備品の費用として活用させていただきます。

保育園の備品等の購入に必要な経費:1,184万円

上記の備品等には、ロッカーやテーブル・椅子・おもちゃといった子どもたちが日常的に使用する備品の他(約400万円)、こどももたちの健康を支える調理室の機材(約600万円)、こどもたちの外遊びに必要なプールや砂場(約100万円)などが含まれています。

必要な経費の3/4は、宮城県補助金で補てんすることができるため、実際に必要な金額は約300万円となります。

 

▼リターンについて

ご寄付いただいた金額に応じて、寄付者プレートへのお名前の記載、開園式へのご招待といったリターンを設定させていただきました。小さな歴史にお名前を残してください。

 

▼スタッフも募集中!

保育スタッフとして、調理スタッフとして、

私たちの目指す保育園を、一緒につくり上げてくださる仲間も募集しています。

▼最後に

私たちは、ボランティアや寄付など、さまざまなカタチで事業にかかわっていただくことで、多くの方がこどもや保護者が抱える問題に当事者意識をもつキッカケをつくることを大事にしてきました。今回のクラウドファンディングも、資金集めという意味だけでなく、こどもと保護者に大勢の方が見守っているんだというメッセージを伝えたく、実施しています。

少額でも結構です。ぜひ、こどもと保護者を支えるひとりとして、ご参加いただけると嬉しいです。

camp-fire.jp

 

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本件に関するお問合せ先
NPO法人アスイク
E-mail: admin@asuiku.org

◆税制優遇について
NPO法人アスイクは「特定非営利活動法人NPO法人)」として認定されていますが、このクラウドファンディングを支援することで、支援者が税制優遇を受けることはありません。

ジュディとの出会いと別れ

きっとどの起業家・経営者にもある、「恩人」との出会い。

 

僕自身も、この8年でたくさんの恩人とめぐり逢い、助けられ、生かされてきました。

その一人に、ジュディという女性がいます。

 

2011年秋、法人化したばかりのアスイクは、仮設住宅で子どもたちの学習サポートを行なっていました。でも、その何倍もの方々が生活していたのが、そこらじゅうの賃貸住宅が仮設扱いになっているみなし仮設。じゃあ、みなし仮設で暮らしている子どもたちの居場所もつくらねば、と考えたものの、どこの馬の骨ともわからないNPOに、しかも不特定多数のこどもが集まる場所として貸してくれるオーナーは多くありません。

 

どこでもよければ貸し手もいたと思いますが、あちこちに散らばっているみなし仮設の子どもたちが来やすい場所となると、仙台駅近くでなければならなかった。そして、そんな利便性のよいテナントを借りれる資金面の余裕は、当時の私たちにはありませんでした。

 

そんなとき、不動産会社の方から紹介していただいたあるテナント。仙台駅の隣駅からすぐ、広さも十分で、目の前には公園。ここしかないと思ったものの、家賃は提示されいている価格の1/3しか出すことができなかった。案の定、オーナーさんからは断られてしまいました。

 

でも、ここしかない!という思いに駆られた僕はあきらめきれず、テナントの2階に住んでいるオーナーさんのお宅を訪問。もう断られているのだから、別に失うものもない。万が一借りられたら、それを必要とする子どもたちの役に立つんだから、怒られるかもしれないけどやってみよう。そんな風に自分を奮い立たせ、新聞記事のスクラップ片手に、オーナーさんに頼み込んだ記憶があります。

(注:オーナーさんに直接アタックするのはルール違反。これをやると不動産会社からはめちゃくちゃ怒られるのでマネしないでください)

 

その数日後、不動産会社の方から電話。「オーナーさん、OKでましたよ」。

後から聞いた話では、オーナーさんは迷っていらっしゃったのですが、奥さまが貸してあげなさいよ、と背中を押してくださったそうです。その奥さまが、ジュディでした。

(この不動産会社の方も有名な方で、こんな失礼な若造を怒りもせずに支えてくださった恩人のひとりです)

 

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(当時借りていた学習支援拠点兼事務所。初めて借りることができた場所でもある)

 

ジュディは、ご自宅を開放して個人の英語塾を開催していました。同時に、その地区の主任児童委員も担っていました。そして、歴とした日本人です(笑)。

 

私もボランティアに参加していいかしら。控えめに声をかけてくださったジュディは、その日から毎週火曜日に1階のテナントにやってきて、子どもたちに英語を教えてくれました。

 

やんちゃな子どもに「何て呼べばいい?」と聞かれ、「プリーズ・コール・ミー・ジュディ」と答えたジュディ。その日から、彼女の名札にはジュディの文字が入りました。

 

いつしかジュディが来る日は、食事つきの学習会となりました。料理が得意なジュディは、2階の自宅でつくった料理をたくさん持ってきてくれて、子どもや学生のボランティアにふるまってくれたのです。こども食堂が広まるずっと前から、アスイクの学習会にはそんな光景が広がっていました。

 

深夜に仕事を終え、帰宅しようと自転車にまたがったとき、「シチュー持って帰らないー?」と2階の窓から声をかけてくださったジュディの顔がよみがえります。

 

その場所での学習サポートが一区切りついてから、ジュディの顔を見ることはめっきり少なくなりました。

ジュディが癌になり、闘病している。

だいぶ後になってから、その事実を知りました。

そして、お亡くなりになったと聞くまでに、それほど時間はかかりませんでした。

2014年7月のこと。

 

民生児童委員対象の研修を準備していて、ふとよみがえった記憶でした。

 

ジュディのおかげで、8年経ったいまも、こうしてアスイクがつづいています。

感謝の気持ちしかありません。

ありがとうございました。

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(右手前の女性がジュディ。やさしさがにじみ出ているような方でした)